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最後の夜

最後の夜に思ったことを。


なんかめんどくさくて夕飯は松屋だったんだけど
そこのバイトくんがすごく残念でね。
僕がケータイでメールをチェックしてたら、
そこにぶつけるようにどんぶりを置いてきて
「あ、しまった!」みたいな顔はしたものの「すいません」とも言わず
逃げ帰るように厨房の中に入っていってしまいました。

バイトでも何でもこちらの最低限の期待に応えられない店員さんには
無性にコンチクショウ的な感情を覚えてしまう気の短い僕。
当然、イラッとしてなんか言ってやろうかと思ったんですが、
どんぶりかき込みながら

「いやまてよ。そういう自分は知らないところで
 誰かを不快にさせてしまっているようなことはしてないだろうか?」

なんて思ったりもしたのですよ。
気が短いなんて書いたけど、実際、自分の気持ちや自分の取った行動が
自分で嫌になる瞬間ってあって、そんなものほどよく覚えているもので
なんかあるたびに自己嫌悪に陥ることも多い...。

そう思ったら、そのバイトくんもなんかゆるせ...100%許すことはなかったけど
このバイト君もそうやっていろいろと壁にぶち当たっていろいろと思って考えて、
人との関わり合いってのを覚えていくんだろうななんて自分の中で納得して、
いつの間にか不機嫌が直ってしまいました。

人に優しくありたいよね、と普段から思いつつ、
そうなれているかどうかはさっぱりな自分にあらためて気づかされ、
自分っていう人間を考えさせられた一件なのでした。




もうひとつ。
さっきまでガイアの夜明けがやっていて、
いろんな形で働いているor働かざるを得ない人たちを見てました。
企業は派遣切りどころか、正社員まで整理し始めようとしていて、
まともに働くこと・働き続けることすら難しくなりつつある時代に
新しい働き方を模索している人たちもやっぱりいるんですね。

本業の合間に副業やったり、土日に自分の店で働いたり...。
あと共同経営って言ってたかな、労働者であり経営者であり出資者であるという
これまでにない働き方らしいんだけど、これは社員が増えたら収集つかねぇな、なんて思ったり。脱線。

でね、最後に介護職やってる64歳の主婦がすごく刺さることを言ってたのね。
「その仕事をやれるかどうかじゃない。“やっていくしかない”んだ。」
って。

なんかさ、この言葉聞いたとき、本当にそうなんだよな、って思った。
一昔前のように普通に働いて食っていくこと、
これすらいろんな要因でできなくなってしまっている人が増えている中で
仕事を選り好みしていたり、仕事を待っていることなんて許されないんだなって。

仕事を続けていくには覚悟が要ります。
それは生活していくためにっていうこともあるし、
ちゃんとお給料に見合う以上の仕事をするためにっていうのもあるし、
守るべきものを守るためにってのもそうだし、
そもそも自己実現のためにっていうのもそうだと思う。

仕事することをどう見るかなんてのはもう人それぞれだと思うんで
その是非はスルーなんだけど、でも、その仕事をしていく覚悟を持つことができないまま、
残念ながら職を離れていってしまう人も増えているみたい。
やめた理由を聞けば、確かに死ぬほど大変なのかもしれん。
プライベートもなんもあったもんじゃないのかもしれん。
現実を知らないお前みたいな甘ったれがピーピー言うなという感じかもしれんのだけど!

でも仕事をするやっぱり覚悟がいると思う。
肝が据わっているというかね、この仕事に全力を注ぐんだ、っていう意思がないと
実はいい仕事ってできないんじゃないかと最近は思ってます。

だからね、「やれるかどうか」ではなく「やっていくしかない」っていう言葉が刺さった。
そのために、自分は何をするのか?ってことを必死になって考えていくしかないよな、って。


先が読めない時代だからね...っていうか、
いやいや、先が読めないのはいつの時代も同じですが、
だからこそ、いま目の前にあるものを全力でやっていくってのが大切なんじゃないかなぁ。

と思います。
自戒を込めて。



そんな最後の夜に思ったこと。乱筆失礼!

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